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それは4月のこと、私は長野県松本市行きの特急電車の中で、これから会う料理人のことを考えていた。料理人は、古村欣也(こむらきんや)さんという。この料理人に関する情報は非常に乏しい。分かっていることは、北海道根室市の料理「エスカロップ」の創案者であること、長く横浜で料理人をし、昭和30年代後半に根室市にやって来たこと、そしてわずか2年足らずで根室を去ったこと。これだけだ。その後30年以上経って、エスカロップは根室市になくてはならない料理になった。そして古村さんがどこに住んでいるのか、生きているのか死んでいるのかも分からず、「エスカロップの父」「謎の料理人」と言われてきたのである。その料理人を私はやっと捜し当て、ついにこの日会うことができるのだ・・・。
根室市でエスカロップという料理は、カレーライスやハンバーグと同じようにポピュラーである。エスカロップほど、ひとつの限定された地域で愛されている料理はないだろう。根室では喫茶店、スナック、レストランと飲食を提供するお店にはかならずエスカロップのメニューがあるのだ。だから根室の人々は、ごくごく日常の中で目にするエスカロップが日本中どこにでもあると思っているらしい。釧路や札幌に出かけてレストランや喫茶店に入ると、ついつい「エスカ(エスカロップの略称)ください」と言ってしまうのだ。当然他の地域のメニューにはないので、「エスカ」と音が似ている「レスカ(レモンスカッシュ」が出てくることになる。この話は、根室出身者から必ずといっていいほど聞かされる。
◆エスカロップとは?
では、エスカロップとはどんな料理だろう。
根室市内ではいくつかのスタイルがあるらしいが、オーソドックスなスタイルの「赤エスカ」と現在スタンダートになっている「白エスカ」が基本である。赤エスカは、スパゲッティナポリタンの上にポークカツレツとデミグラスがベース、ただし、古村欣也さんがこの料理を考案した30数年前は,仔牛肉のカツレツをバターソテーしていた。しかし仔牛肉は手に入りにくいこととコストが高いため、いまはポークカツレツに変わっている。またナポリタンの赤エスカも、ケチャップライスをベースにするように変化した。さらに、ケチャップライスがバターライスに変わった「白エスカ」が現在の一般的な姿である。このエスカロップを代表するお店として、「ニューモンブラン」と「ドリアン」を紹介しよう。
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「ニューモンブラン」のエスカロップ
銀皿の上にバラーライス、デミソースをかけた薄切りのポークカツレツ、コールスロー、ポテトサラダ。 バターライスは、たけのこ入り。
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ニューモンブランは、謎の料理人古村欣也さんがエスカロップを考案したお店「モンブラン」に勤めていた梅田勝利さんが独立して開いた、いわば後継店といえるお店だ。いまは2代目の野沢一彦さんがオーナーシェフである。
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「ドリアン」のエスカロップ
白い皿の上にデミソースをかけたポークカツレツ、色あいがきれいなサラダが添えられている。
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「ドリアン」は、「ニューモンブラン」から独立した小滝文吾さんがオーナーシェフ。 野沢さんの1年後輩だそうだ。いまは息子さんもお店に立っており、インターネットも趣味だとか・・・。
◆エスカロップのルーツを探して
私がエスカロップを知ったのは今から12年ほど前だ。
当時「シェフネット」という料理のパソコン通信ネットワークに、「エスカロップはJR北海道のPR雑誌で知ったのですが,それによると「その昔,横浜からやって来た料理人が作った物が根室にだけ定着した」のだそうです.根室ではどんな店にもこのメニュ−があるとか...どなたか食べたことがある方はいらっしゃいますか?」という書き込みがあった。89年11月のことである。
都内のレストランで料理長をしていた私は、この書き込みに興味を持ち、「横浜からやってきた料理人」がどのような人物なのか、いつか探しだしてお会いしたいものだと思うようになっていた。それは私自身も横浜で料理の修行をした経験があり、もしかするとその料理人との接点があるのかも知れないということや、横浜から来たという料理人が残した料理が、なぜこれほどひとつの町の中で広まっていったのか、という興味からである。しかし調査のきっかけもなく長いことエスカロップは意識の底に埋もれてしまっていた。
その後インターネット時代になった97年ころから折に触れてエスカロップを調べ始め、昨年になって根室市在住の木下ゆみさんが運営するホームページ「エスカロップワールド」(*)で、決定的な情報を得ることができたのである。
料理人の名前が古村欣也であること、横浜時代は「イタリアンクオーター」(現在も営業中)の料理人だったこと、昭和38年から2年間根室に在住したことなどの情報から、「根室から離れた古村さんは、きっと住み慣れた街(神奈川もしくは関東)に帰ったに違いない」という推測をたてた私は、まず神奈川県を探すことにした。しかし、神奈川にその名はなく、東京、千葉、埼玉、群馬としらみつぶしに探したすえ、山梨県でその名前を発見した。3日目だった。
◆ついに謎の料理人に辿りつく・・・・
翌日、電話をすると女性の声が聞こえた。
「失礼ですが、古村欣也さんのお宅ですか?」「30数年前に北海道の根室にいらっしゃった料理人の古村さんですか?」・・・「はい、そうです」・・・電話の声は、古村さんの奥様だった。とうとう「謎の料理人」=古村欣也さんにたどりついたのである。こうして私は、松本行きの電車に乗った・・・・・。
>>>>>>「後編」へ続く
写真提供 「ヌプカ(**)編集室」星野恵介氏 (小樽市在住)
木下ゆみさん(根室市在住)(ドリアンのエスカロップ写真)
(*)「エスカロップワールド」:木下ゆみさんのホームページ。「地元にちなんだテーマでホームページを」という思いからエスカロップの調査を始めた木下さんの労作。はじめて作ったホームページだそうである。
(**)「ヌプカ」:「北海道発、おもしろ不思議探求マガジン」というテーマで発刊される季刊誌。東京では、青山ブックセンター各店で入手可能。
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