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高校時代を過ごした北海道・釧路市は、関東に来て20年以上たっても、なつかしいふるさとである。「書を捨て街にでよう」と言ったのは寺山修二だが、書を捨ててもふるさとは捨てられない。いやいや、私の場合は書を捨てることなく持参して街へでたのだった(笑)。
書さえ捨てられないのだから、ふるさとを捨てるなどとんでもない。
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| この冬、釧路川は結氷し船も氷ついた |
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ふるさとに戻って住むという気持ちはもうないのだけれど(左の写真のように釧路はとても寒いから(苦笑))、ふるさとをとてもなつかしく感じる自分がいて、その強さは年齢とともに加速されているようだ。
そんな思いがつのって、インターネット上に高校の同窓ネットを開いたのが2年前のこと。いまでは隣の高校まで参加して、総勢500名の同窓生が集まっている。
同窓生の会話で一番多い話題はやっぱり食べ物。「泉屋さんのスパゲッティーが食べたい!」とか「銀水のラーメン!」と、馴染み深い店名をあげての「食べたい」コールが飛び交う。(この傾向はどうやら全国各地の同窓会ネットワークでも同じようだ・・・)そんな中で、釧路を発祥とする「ざんぎ」という食べ物の話題がいつも「謎」を呼ぶのだ。
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◆ ざんぎって何語?
「そういえば釧路ではざんぎをよく食べたけど、東京でその話をしたら誰も知らなかったよ」とか、「最近札幌の居酒屋ではたいがい置いてるけど、名前の由来は何なの?」「釧路が発祥なの?」と疑問は尽きない。
そもそもざんぎと言ってすぐにイメージが伝わるのはせいぜい北海道出身者だけ。いまでは道内で広く知られるようになったが、10年ほど前までは釧路地方でしか通じない料理=まさに「地域ドメイン料理」(*)なのである。
どんな食べ物かというと、「鶏の唐揚げ」そのもの。しかし、釧路出身者であっても、「鶏の唐揚げをなぜざんぎと呼ぶのか」は、ほとんどの人が知らない。人によっては「ざんぎと鶏の唐揚げは違う物」という人もいる。お店の中にも、ざんぎと鶏の唐揚げが別メニューのところもあるくらいだ。人それぞれの勝手な想像が、ざんぎのイメージや語源を余計わからなくしている。
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| 「鳥松」のざんぎ |
そうそう、ざんぎは最近ヨコハマにも上陸していて、私はあるスーパーで「ザンギ(鶏の空揚げ)350円」を買ったことがあった。ついでにと思って店員さんに「ざんぎって何語?」と質問したら、「確か北海道のものだからアイヌ語じゃないかなぁ」とのこと、北海道の食べ物ー>アイヌ語という単純発想なのだろうけど、私の同窓ネットでもこの説を支持する人は多い。果たしてざんぎはアイヌ語なのか?
そんな疑問だらけのざんぎなのだが、このルーツを探った人が出てきた。北海道で「ヌプカ」という雑誌を編集している星野恵介さんだ。彼はヨコハマ出身で、北海道へのあこがれが強く8年前に小樽にやってきた。北海道を離れてヨコハマへやってきた私がいれば、ヨコハマから北海道へ渡る人がいる・・・・向かったところはお互いのふるさとというのも不思議だが、お互いの疑問も同じ・・・・「ざんぎの語源はなに?」。
◆ ざんぎのルーツを訪ねて
こうしてざんぎを調べるべく星野さんが釧路へ向かったのは昨夏のこと。ざんぎと感激の対面をしたいと、わざわざ「各駅停車」に乗ったそうだ。小樽・釧路間全行程489キロ、12時間のゆっくりとした旅・・・というよりは、便利なこの世の中で考えると各駅停車は地獄のような旅である。苦しみが多ければこそ、出会いの喜びは大きい・・・・とはいうけれど狭い車内に長時間缶詰で腰は痛いし眠れないはず・・きっと大変だったに違いない。
さて、星野さんによって解き明かされたざんぎのルーツは、以下のようなものだった。
<ざんぎのルーツ>
昭和35年以降、やわらかい肉質の食用鶏(ブロイラー)が出回りはじめ、これを使った唐揚げを中国語でザーギーということから、日本人がいいやすいさんぎと呼んだのがはじまりなのだそうだ。お店にざんぎとして初めてメニューを出したのは釧路市内の割烹「鳥松」さんで、初代店主の桑原清さんが命名者とのこと。いまは2代目の高倉悟さんが店主である・・・・。
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軽やかにざんぎを揚げる高倉さん。
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ざんぎの語源は、中国料理の「ザーギー」だった・・・・・。
長旅の末に謎が解けた星野さん、その日のざんぎの味は格別だったことだろう。

(*)「地域ドメイン料理」:ある特定の地域だけで作られ、食べられている料理で、その地域内では非常にポピュラーだが、一歩離れると知る人が少ないかぜんぜん知られていないという料理を指す言葉。
(筆者造語)
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